「KPIを達成する」に、私が少し違和感を覚える理由
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KPIは達成するものではなく「たぶんこうなるはず」という仮説にすぎない。目標と結果を取り違えると、数字に振り回されてしまうという話。
「今期のKPI、なんとしても達成しよう」。会議でよく耳にする言葉です。多くの人が当たり前のように使っています。
でも私は、この言い方に前から少し引っかかっていました。
理由をたどっていくと、「目標」と「結果」を取り違えているのではないか、という違和感に行き着きます。
目標と結果は、別物
まず、言葉の整理から。
目標とは、行動の軸になる目安のことです。「どこを目指して動くか」を決めるもの、と言い換えてもいいかもしれません。
一方の結果は、文字どおり行動した「あと」に得られたり、起きたりすること。目標に向かって動いた先に、ついてくるものです。
この二つは、似ているようで役割がまったく違います。目標は行動の「前」にあり、結果は行動の「後」にある。順番が逆なんですよね。
履き違えると、軸がブレる
ところが現場では、この二つが入れ替わってしまうことがあります。
結果を強く期待するあまり、いつのまにか結果そのものを目標に据えてしまう。すると、行動の軸がブレはじめます。
いちばん怖いのは、数字を「達成した形」に見せるための辻褄合わせが始まることです。本来やるべき行動よりも、指標を満たすことが目的になってしまう。目標のためだったはずの数字に、逆に振り回される。
以前、ある組織のお手伝いをしたときのことです。「デジタル化による業務の効率化」というテーマで、取り組みが始まりました。
そこで実際の打ち手に選ばれたのが「ペーパーレス化」でした。正直に言えば、私はこの時点で反対でした。紙をなくすことが、必ずしも業務の効率化につながるとは限らないからです。ここですでに、話が少しずれ始めていた。
案の定、進めていくうちに、話題の中心は「削減した紙の枚数をどう数えるか」に移っていきました。紙を減らしたという実績を、いかに数字で示すか。いつのまにか、そちらに全力が向いていったのです。
でも、おかしな話ですよね。本来の目標は「業務の効率化」だったはずです。紙の削減は、手法として選んだペーパーレス化の、副次的な結果にすぎない。「効率化した結果、紙が減った」のならわかります。ところが実際には、「紙を減らし、それを確実に数えて見せること」が目標にすり替わっていた。むしろ、数える手間の分だけ仕事は増えていました。
KPIは、仮説にすぎない
ここで、KPIとKGIという言葉に触れておきます。
一般的には、KGI(Key Goal Indicator。最終的に達成したいゴールの指標)が目標で、KPI(Key Performance Indicator。そのゴールに至る過程を測る指標)は中間の目安、と説明されます。
そのうえで、私はKPIをもう一歩踏み込んで、こう捉え直しています。KPIとは「このゴールを目指すなら、たぶんこういう数字がついてくるはずだ」という仮説にすぎない、と。
仮説である以上、実際に動いてみれば、結果は変わることもあります。だから本来のKPIは、ゴールへ向かうための目安であって、それ自体を力ずくで「達成」しにいくものではないはずなんですよね。
天気予報みたいなものだと思うんです。「明日は雨が降るでしょう」という予報に合わせて、無理やり雨を降らせに行く人はいない。でも数字の話になると、なぜかそれが起きてしまう。
「KPIを達成する」という言い方に私が引っかかるのは、ここです。仮説にすぎない中間の目安を、いつのまにか目標そのものにすり替えてしまっている。そのサインなんじゃないか、と感じるのです。
ひとつだけ、問い直す
大げさな仕組みは要りません。おすすめしたい問いが、ひとつだけあります。
ある数字を追いかけたくなったとき、「これは目指すゴールそのものか、それともゴールに近づいているかを測る目安か」と、一度だけ自分に問い直すこと。
- ゴールそのもの(KGI)なら、堂々と目指してかまいません
- 途中の目安(KPI)なら、「達成すること」より「ゴールに本当に近づいているか」を優先する
この一問があるだけで、数字の辻褄合わせに走りかけたときに、立ち止まれます。
KPIもKGIも、道具です。道具そのものが悪いわけではありません。問題は、目安にすぎない数字を「達成すべきゴール」と思い込んだ瞬間に、行動の軸が数字に乗っ取られてしまうこと。
目標と結果は、別物。この当たり前を忘れずにいることが、数字に振り回されずに仕事を前へ進めるための土台なのではないかなと考えています。